第二の条件:45歳の壁、終わらない面接
メンタルクリニックを「自主卒業」し、心の平穏を取り戻した僕が次に取り組んだのは、彼女から提示された第二の条件、45歳での「正社員への転職」でした。
フリーランスという働き方は自由でしたが、社会的信用は低い。彼女との未来を考えれば、正社員という安定は不可欠でした。希望年収は、当時の倍近い600万円。僕は、楽観視していたわけではありませんが、これほどまでに過酷な現実が待っているとは、想像もしていなかったのです。
2023年5月、僕は転職エージェントに登録し、活動を開始しました。エントリーした企業は80社以上。意外にも書類選考はそれなりに通りました。しかし、本当の地獄はそこからでした。
終わらない不採用通知
1次面接、2次面接、そして最終面接…。何度も期待を持たされては、最後の最後で突き落とされる日々が続きました。
面接官から「ぶっちゃけ、いくらまで年収を下げられますか?」と、足元を見られるような失礼な質問をされることも一度や二度ではありませんでした。
「若い頃、もっと楽な方に逃げず、研鑽しておくべきだった…」
これまで火消し案件ばかりをこなしてきたキャリアのツケが、45歳にして「役立たず」という重い烙印を僕に押したのです。痛いほど、過去の自分への後悔が胸を締め付けました。
涙をこらえた、最終面接
転職活動が長期化する中、僕の心をさらに抉る出来事が起きました。
長年連れ添い、僕の人生の辛い時期をずっとそばで支えてくれた愛猫が、老衰で、僕の腕の中で静かに息を引き取ったのです。

悲しみに暮れる暇もありませんでした。その日の午後、僕は一件の最終面接を控えていたのです。涙でぐしゃぐしゃの顔を洗い、無理やりスーツに着替える。鏡に映る自分の顔は、ひどいものでした。
面接の席に向かう僕は、ただ必死に涙をこらえていました。そして、何事もなかったかのように笑顔を作り、2時間近くにわたって自分のキャリアと未来への情熱を熱弁したのです。
結果は、不採用。なんでだ〜!!さすがに、心が折れそうでした。
その言葉を信じ、ボロボロの心で活動を続けた結果、11月。ついに1社だけ、僕を正社員として採用してくれる会社が現れたのです。
長かったトンネルの先に、ようやく二筋目の光が見えた瞬間でした。
そして、ついに最後の条件「自己破産」へと挑む時が来たのです。50万円を要求する弁護士との遭遇と、僕が絶望の淵で掴んだ逆転の一手「同時廃止」。次回、その記録の全てをお話しします。
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第11章:「自己破産」という情報戦。70万円を要求する弁護士との闘い
第三の条件:「自己破産」という、人生最後の情報戦 彼女との未来を掴むための、最後の、そして最も重い決断が「自己破産」でした。2023年5月、僕は行動を開始しました。 まず、破産手続きで資産と見なされな ...
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