「うつ病 借金 死にたい」
「楽な 死に方」
かつて、僕のスマートフォンの検索履歴は、そんな救いのない言葉だけで埋め尽くされていました。
深夜2時。都内の外れにある、家賃4万円の木造アパート。
北向きの部屋は梅雨時でもないのにジメジメしていて、何週間も洗っていない万年床の煎餅布団からは、自分の脂とカビが混じったような淀んだ匂いがしていました。
遮光カーテンの隙間から、暴力的な街灯の光が差し込む中、スマホのブルーライトだけが顔を照らしている。
鏡を見なくても分かります。その時の僕の顔には、生気など微塵もなく、間違いなく死相が出ていました。
当時、42歳。バツイチ、独身。
借金は膨らみ続け、総額900万円。
A社の返済のためにB社で借り、B社の枠が埋まればC社へ走る。そんな「自転車操業」も限界に達し、督促の電話に怯える日々。
重度のうつ病を引きずり、頭には常に靄がかかった状態で、まともにフルタイムで働くこともできない。
職は、時給1800円のパートタイムSE。
給与明細を見るのが怖かった。
手取りは月14万円。体調を崩して休んだ月は11万円。
家賃と光熱費、最低限の食費、そして終わらない利息の返済で、給料日当日には口座残高が数百円になる。
別れた妻と子供たちには、養育費も取り決め額程度しか渡せず、あまり合わせる顔すらない。
「ああ、俺の人生、完全に詰んだな」
天井のシミの数を数えながら、本気でそう思っていました。
涙も出ない。怒りも湧かない。ただ、泥のような重たくて冷たい絶望が、肺の奥まで詰まっていて、息をするのさえ面倒くさい。
明日が来ることが、朝が来ることが、何よりも怖かった。
心臓が動いていること自体が、何か大きな罪のような気がしてなりませんでした。
画面の中に並ぶのは、「40代からの大逆転!」なんていうキラキラした成功者が書いたアフィリエイト記事か、匿名掲示板の「おっさんになったら終わり」「底辺の末路」という、傷口に塩を塗るような書き込みばかり。
「うるせえよ…お前らに何がわかるんだよ」
心の中で毒づきながら、それでも僕は「一発逆転の魔法」を探して、指を動かし続けていました。
魔法なんてどこにもないことを、痛いほど分かっていながら。
あれから数年。
今の僕は、生きています。
体重20kg減量、キックボクシングとブラジリアン柔術に没頭し、システムエンジニアとして正社員に復帰して年収は倍(300万→600万)になりました。
借金は法的手続きを経て全て清算し、先日、ずっと憧れだった大型バイクの契約書にハンコを押しました。
もし、今これを読んでいるあなたが、あの夜の僕と同じ言葉を検索して、偶然ここに辿り着いたのなら。
これだけは伝えたい。
「まだ、終わっていない」と。
僕がどん底から這い上がるために必要だったのは、新しいスキルを身につけることでも、宝くじに当たることでもありませんでした。
自分の中にこびりついていた、膿のような「腐ったプライド」を捨てることでした。
僕が捨てた「3つのもの」について、泥臭く、隠さずに正直に話します。
1. 捨てたもの:「ベテランSE」としての腐ったプライド

かつて僕は、フリーランスのシステムエンジニアとして、それなりに稼いでいました。
月単価は60万円以上。「技術があればどこでも食っていける」と信じていました。
しかし、2019年の離婚で精神を削られ、追い打ちをかけるように2020年のコロナ禍が直撃しました。
フリーランスの案件は潮が引くように消滅。
残ったのは、900万円の借金と、うつ病でボロボロになった心と体だけでした。
背に腹は代えられず、僕は40代にして、時給1800円のパートタイムSEとして働き始めました。
「スーパーマン」扱いされる居心地の悪さ
新しい職場は、IT企業ではなく、ITリテラシーが決して高くはない事業会社でした。
僕の仕事は「社内SE」。
業務アプリの開発・保守から、PCのキッティング、情シス業務、ネットワーク管理まで、ITに関わることは何でもやる「便利屋」です。
正直、職場環境は悪くありませんでした。むしろ、感謝されてばかりでした。
特に、カスタマーサポート(CS)で働くパートの主婦の方々は、PCトラブルが起きるとすぐに僕を頼ってきました。
「カイさん、画面が固まっちゃいました!」
「プリンターが動かないんです!」
僕が少しキーボードを叩いて直すだけで、「すごーい!」「魔法みたい!」「やっぱりカイさんはスーパーマンですね!」と手を叩いて喜ばれる。
かつての現場のような、ピリピリしたコードレビューも、理不尽な納期もありません。
でも、笑顔で「いえいえ、どういたしまして」と返しながら、心の中では複雑な感情が渦巻いていました。
「俺は今、何をやっているんだろう」
かつては大規模なシステムの設計をしていた自分が、今はプリンターの紙詰まりを直し、Wi-Fiの再起動をしている。
感謝されるのは嬉しい。でも、その「簡単すぎる仕事」で英雄扱いされる状況が、ベテランエンジニアとしてのプライドを逆撫でするのです。
「俺の技術は、こんなことのためにあるんじゃない」
「時給1800円…。かつての3分の1以下か…」
家に帰り、狭い部屋で給与明細を見るたび、言いようのない虚しさに襲われました。
誰かに虐げられているわけではない。むしろ必要とされている。
なのに、自分が「都落ち」したという感覚だけが、どうしても拭えませんでした。
「リハビリ」と割り切った日
転機は、ある日、CSチームの業務効率化ツールをチャチャッと作った時でした。
簡単なスクリプトでしたが、彼女たちの残業時間は劇的に減りました。
「カイさんのおかげで、早く帰って子供にご飯を作れます」
その言葉を聞いた時、ふと憑き物が落ちた気がしました。
「今の俺は、高度な技術で世界を変えるエンジニアじゃない。目の前の人を助ける、リハビリ中のエンジニアなんだ」
そう認めた瞬間、腐ったプライドが消えました。
うつ病で脳の処理能力が落ちている今の自分には、この環境こそが最適なんだ。
難しい設計書を書かなくても、目の前の「困った」を解決するだけで、こんなに感謝される。
それは、フリーランス時代に忘れていた「仕事の原点」でした。
そこからは、働き方を変えました。
「俺はもっとできる」と斜に構えるのをやめ、PCリテラシーの低い人たちがどうすれば使いやすいか、徹底的に寄り添うシステムを作りました。
キッティング一つとっても、次に使う人が気持ちよく使えるよう、丁寧にセットアップしました。
「ぬるま湯」の恐怖
居心地は良かった。でも、現実は冷酷でした。
厚生年金は引かれるのに、有給休暇はありません。
祝日は出勤。ゴールデンウィークや年末年始などの大型連休が来ると、その分だけ給料が減り、手取りが11万円まで落ち込む。
休むのが怖い。連休が来るのが怖い。
まさに「ジリ貧」でした。
それでも僕は、この環境に甘えていました。
「精神的に楽だから、これでいいんだ」
「もうあんなプレッシャーの中で働きたくない」
人は、一度楽なほうへ逃げると、そこから抜け出すのには倍のエネルギーが必要になります。
もし、あの時、付き合っていたパートナーから「最後通告」を突きつけられなければ、僕は今も時給1800円でプリンターを直しながら、緩やかに死んでいったかもしれません。
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2. 捨てたもの:「薬が治してくれる」という依存心

うつ病の治療=通院と服薬。
これは大原則です。急性期には絶対に必要です。僕も、抗うつ剤と睡眠導入剤がなければ、衝動的に線路に飛び込んでいたかもしれません。
でも、発症から数年が経ち、症状が慢性化していた頃。
僕は心のどこかで、「薬さえ飲んでいれば、いつか先生が治してくれる」という思考停止に陥っていました。
2週間に一度の診察。
待合室で、スマホのどうでもいいニュースを眺めながら順番を待つ。
診察室に入り、「先生、まだ眠れません」「意欲が出ません」「不安で押しつぶされそうです」と訴える。
先生はカルテを見ながら、「じゃあ、お薬の種類を変えてみましょうか」と言う。
薬局で大量の薬を受け取り、家に帰る。
それを繰り返していれば、いつか魔法のように霧が晴れる日が来ると思っていました。
でも、そんな日は来ませんでした。
むしろ、薬の袋が増えるたびに、「自分は重病人なんだ」「社会不適合者なんだ」という自己暗示が強固になっていくようでした。
副作用で代謝が落ち、体重は90kgまで激増しました。
鏡に映る自分は、顔がパンパンに膨れ上がり、腹の肉がベルトに乗っている醜い中年男。
性欲はなくなり、感情の起伏も乏しくなり、ただ「死なないために生きている」だけの、ぬるま湯のような地獄でした。
パートナーからの「最後通告」
そんな僕の目を覚まさせたのは、当時交際し、再婚まで考えていた女性の言葉でした。
「結婚するなら、正社員になって。借金も全部整理して。薬もやめて」
それは、当時の僕にとってはエベレストに登れと言われるような無理難題でした。
でも、彼女を失いたくない一心で、僕は動きました。
ぬるま湯のパート先を辞め、死ぬ気で就職活動をし、奇跡的に年収600万の正社員SEの座を掴み取りました。
借金整理(自己破産)の準備も進めました。
そして何より、何年も飲み続けていた抗うつ剤と睡眠薬を、医師と相談しながら少しずつ減らし、2023年、ついに断薬に成功しました。
「これでやっと、幸せになれる」
全ての条件をクリアした僕は、そう信じていました。
「見返してやる」というドス黒い炎
2024年1月。
再婚に向けた準備が整った矢先、僕は彼女に振られました。
彼女には、すでに新しい男がいました。
頭が真っ白になりました。
正社員になったのも、借金整理をしたのも、辛い断薬に耐えたのも、全部君のためだったのに。
悲しみの後に湧き上がってきたのは、自分でも驚くほどドス黒い、煮えたぎるような「復讐心」でした。
「俺を捨てて、そっちに行くのかよ」
「このままデブで、不健康で、冴えないおっさんとして死ぬのは嫌だ!」
「絶対に見返してやる! 相手の男より、100倍イイ男になってやる!」
そんな、決して褒められたものではない不純な動機。
でも、皮肉なことに、「愛」よりも「憎しみ」の方が、どん底の人間を動かす強力なガソリンになりました。
2024年2月。僕はその足で、近所のキックボクシングジムに入会しました。
セロトニンはジムで作れる
最初は地獄でした。
体重90kgの体は鉛のように重く、縄跳びすらまともに飛べない。3分も動けば酸欠で目の前がチカチカする。
鏡に映る自分のみっともない姿、揺れる腹の肉を見て、何度も「恥ずかしい、辞めたい」と思いました。
でも、サンドバッグを無心で殴っている瞬間だけは、不思議と「死にたい」という思考が消えたんです。
「バシン!バシン!」という衝撃音が脳に響く。
拳に伝わる痛みが、生きていることを教えてくれる。
息が上がるほど体を動かし、汗をかき、筋肉痛になる。
その強烈な「生の実感」が、僕の脳みそを強制的に再起動させました。
運動直後のシャワーを浴びている時、脳内に快楽物質がドバドバ出ているのを感じました。
断薬後も時折襲ってきていた不安感やモヤが、スッキリと晴れているんです。
ある日、練習帰りのバイクの上で、風を感じながらふと気づきました。
「あれ? 今日、一度もクヨクヨしてないな」
「セロトニンは、薬局でもらうもんじゃない。ジムで作るもんだ」
医学的に正しいかは知りません。極論かもしれません。
でも、僕にとってはこれが真実でした。
結果、僕は1年半で20kgの減量に成功。
90kgのメタボ体型から、70kgの引き締まった体へ。
見た目が変わり、体力がつくと、心までタフになりました。
「再婚のための断薬」から始まったメンタルケアは、いつしか「自分のための肉体改造」へと進化していました。
薬に頼るなとは言いません。でも、「薬だけ」に依存していては、本当の出口は見えなかった。
自分の体と心を変えられるのは、薬局の袋ではなく、自分が流した汗の量だけです。
3. 捨てたもの:「いつか誰かが助けてくれる」という甘え

どん底にいる時、人は無意識に「救世主」を待ちます。
「国がなんとかしてくれる」「会社が守ってくれる」「親が助けてくれる」
「今のこの苦しみを見て、誰かが手を差し伸べてくれるはずだ」
心のどこかで、悲劇のヒロインのように、誰かが助けに来てくれるのを待っていました。
でも、現実は冷酷です。誰も助けに来ません。
借金900万で首が回らなくなり、いよいよ命を絶つしかないと思い詰めた時、僕は弁護士事務所に相談に行きました。
藁にもすがる思いでした。
しかし、そこで提示されたのは「着手金70万円」という請求書。
「金がないから相談に来てるのに、その金を払えって?」
絶望しました。
「法テラスを使えば安くなる」と聞いていたのに、事務所によっては「うちは法テラス使えないから」「管財事件になるから高いよ」と門前払いされる現実に直面しました。
国も、法律も、金がない奴にはどこまでも冷たいんだな、と。
人間関係も同じでした。
マッチングアプリで出会った女性も、僕が弱音を吐いたり、経済的な不安を見せれば、サーッと潮が引くように去っていきました。
当然です。誰も、他人の人生の責任なんて負いたくないんです。
「寂しい」「辛い」と寄りかかろうとすればするほど、相手は重荷に感じて離れていく。
その孤独のループの中で、僕はようやく悟りました。
自分の人生のハンドルは、自分で握る
「誰も助けてくれない」
そう絶望するのをやめて、事実として受け入れた時、不思議と腹が据わりました。
「自分の人生のハンドルは、自分で握るしかないんだ」
誰かに運転を代わってもらおうとするから、不安になる。
どんなにボロボロの車でも、自分でハンドルを握って、自分でアクセルを踏むしかない。
そう決めてからは、行動が変わりました。
- 高い弁護士が無理なら、自分で電話をかけまくり、法テラスの持ち込みに対応してくれる良心的な事務所を、足を使って探し回る。
- 破産の陳述書(反省文)や家計簿も、弁護士任せにせず、涙を流しながら自分で完璧に書き上げる。
- 寂しいなら、誰かに埋めてもらうのではなく、一人で完結する趣味(バイク)で心を満たす。
「被害者」でいることをやめて、「当事者」になった瞬間から、僕の人生の歯車は逆回転を始めました。
自分で考え、自分で動き、自分で責任を取る。
当たり前のことですが、どん底の人間にはこれが一番難しい。そして、これこそが唯一の脱出ルートでした。
孤独を埋めるためにやっていたマッチングアプリも辞めました。
その代わりに大型二輪免許を取りに行きました。
ヘルメットの中で一人、風を切って走っている時、「ああ、俺は一人でも大丈夫だ」と心から思えました。
それは、「諦めの孤独」ではなく、「自立した孤独」でした。
エピローグ:上書きされた検索履歴

今、僕のスマホの検索履歴は変わりました。
現在の検索履歴
- 「大型バイク カスタムパーツ」
- 「柔術 青帯 昇格条件」
- 「週末 関東 ツーリングスポット」
どん底にいた時の検索履歴は、消すことはできません。
あの夜の絶望も、情けなさも、一生僕の中に残る傷跡です。
ふとした瞬間に、当時の記憶がフラッシュバックして、動けなくなることもあります。
でも、これからGoogleの検索窓に打ち込む言葉は、あなたの行動次第でいくらでも変えられます。
40代、借金まみれ、うつ病、独身。
上等じゃないですか。
そこから這い上がったという事実こそが、あなたの人生後半戦の、誰にも真似できない最強の「武器(ネタ)」になります。
僕がその証明です。
だから、もう「楽な死に方」なんて検索するのはやめましょう。
さあ、まずはスマホを置いて、スクワットを一回やってみませんか?
そこから、全ては変わります。
一緒に、ここからひっくり返していきましょう。
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【40代の人生逆転】借金900万・うつ病から這い上がった僕の全記録
「40代からの人生逆転は可能か?」その答えが、ここにあります。 このページを、どんな気持ちで開きましたか? 「もう、何もかもうまくいかない」 「40代にもなって、なぜ自分だけがこんな目に…」 「ここか ...
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