人生再建

第1章:我が家が競売にかけられた日(※副題:3000万の借金と盗撮写真)

8月 31, 2025

19歳の僕に届いた「競売通知」と「盗撮写真」

すべての始まり。一通の分厚い封筒

すべての地獄は、19歳の時に届いた、一通の分厚い封筒から始まりました。

母と二人で暮らしていたマンションのポストに、それは突き刺さっていました。
差出人は、銀行の代理人を名乗る法律事務所。

何が書いてあるのか、すぐには理解できませんでした。
「競売」「差し押さえ」「強制執行」…見たこともない単語が並んだ、現実感のない分厚い紙の束。

僕たちが住むこのマンションが、差し押さえられた?
このままでは、強制的に追い出される?

頭が真っ白になりました。

僕を本当の恐怖に突き落とした「盗撮写真」

しかし、僕を本当の恐怖に突き落としたのは、その通知書に添付されていた数枚の写真でした。

そこには、僕の部屋、母の寝室、そしてリビングが写っていました。

――僕たちが、誰もいないはずの時間に撮影された写真でした。

業者か、銀行か、それとも執行官か…。
何者かが、僕たちの知らないうちに鍵を開けてこの部屋に入り込み、僕たちの生活を隅々まで写真に収めていった…。

19歳の僕にとって、その事実は、借金がどうこう言う以前の、あまりにも恐ろしすぎる現実でした。

元凶は祖父の借金3000万。ヤクザ不動産と僕の「土下座」

明かされた真実:祖父の3000万の「株投資」

母から聞かされた真実は、僕の理解を完全に超えていました。

全ての元凶

祖父が株投資のために背負った、3000万円の借金

祖父が、僕たちが住むこのマンションを勝手に銀行の抵当に入れ、株の投資資金として3000万円を借り入れていたのです。

当然、僕と母は、その事実をまったく知らされていませんでした。
「なぜ?」「どうして?」と考える暇もなく、事態だけが最悪の形で進んでいきました。

鳴り止まないインターホンと、コワモテの男たち

競売にかけられたことを知った「連中」が、すぐに嗅ぎつけてきました。

家の周りをうろつく、コワモテの男たち。
鳴り止まないインターホン。
ドアを開ければ、どう見てもヤクザにしか見えない不動産業者が、玄関先に立っている。

僕と母は、心身ともに日に日に疲弊していきました。

19歳、僕の土下座。50万円の立ち退き費用

最終的にマンションを落札した不動産業者も、残念ながら同類でした。
ですが、僕たちにはもう、選択肢がありません。
引っ越すためのお金すらなかったのです。

僕は、落札した業者に頭を下げに行きました。19歳の僕が、一人で。

文字通り、土下座しました。

「どうかお願いします。引っ越すためのお金がないんです」と。

交渉の結果、「たった2週間以内に退去する」という条件で、僕たちは立ち退き費用として50万円を手にしました。

たった2週間。
家探し、家財道具の処分、そして引っ越し。絶望的でした。
しかし、当時所属していた大学の部活のメンバーたちが事情を知って駆けつけてくれ、文字通り必死で荷物を運び出してくれたのです。

屈辱と、人の温かさと、怒りと、情けなさで、頭がおかしくなりそうでした。
ですがこの時はまだ、この地獄が「家」だけでなく、僕の「家族」と「未来」すべてを壊していく序章に過ぎないとは、知る由もありませんでした。

母のうつ病発症。僕の「奨学金」が本当の「借金」に変わった日

燃え尽きた母。3年続く重度のうつ病へ

なんとか50万円を手にし、部活の仲間の助けで荷物を運び出し、僕たちは家を失いました。

ですが、本当に失ったのは、それだけではありませんでした。

母の心は、もう限界を超えていました。
祖父への裏切り、ヤクザまがいの業者からの恐怖、そして住処を失うという一連の出来事で、完全に燃え尽きてしまったのです。

この直後から、母は「希死念慮(死にたいと強く願うこと)」を伴う、重度のうつ病に陥りました。
この苦しみは、この先3年、4年と続いていくことになります。

「奨学金」が「返せない借金」に変わった瞬間

僕自身の未来も、ここで事実上、断たれました。

実は、僕が初めて自分名義の借金を背負ったのは、この事件より少し前。高校に入学するための準備金を「奨学金」として借りた時でした。
母子家庭で、母も難病(膠原病)を抱える中、それも仕方のないことだと。当時は「社会人になったら真面目に働いて返そう」と、そう考えていました。

しかし、家を失い、母が心を病んでしまった今、その考えがどれほど甘かったかを突きつけられます。

心身ともにボロボロになった母に、僕の「学費」の話など、できるはずがありません。
短大の後は専門学校へ進学し、SEとしての技術を磨くつもりでしたが、そんな道は完全に閉ざされました。

卒業後は、すぐに就職する。
まず、僕と母が「生きていく」
それしか道はありませんでした。

この時、僕の中で「奨学金」という言葉は、未来への投資などというポジティブな響きを失いました。
それはもう、返せるあてのない、現実的で重苦しい、本当の意味での「借金」に変わっていたのです。

第2章へ:これは、まだ地獄の入り口に過ぎない

「人生の歯車が狂い始めた」?

そんな生易しいものじゃありません。
静かに狂い始めたんじゃない。19歳の僕は、すでに地獄のど真ん中に放り込まれていました。

家を失い、母は心を病み、僕の未来(進学)は断たれ、「奨学金」という名の返せない借金だけが残った。

ですが、信じられないことに、これはまだ地獄の入り口に過ぎなかったのです。

「家」という最後の砦を失った僕が、次に直面する「社会」という名の、新たな地獄。
社会人になった僕を待ち受けていたのは、「手取り16万円」というあまりにも厳しい現実と、そこから僕を本当の借金地獄に引きずり込む、「リボ払い」という甘い罠でした。

次回、僕がどうやって「魔法のカード」という名の借金に溺れていったのか。
そのすべてをお話しします。

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第2章:手取り14万、奨学金滞納。そして僕は「リボ払い」に手を出した

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