修復不可能な亀裂
適応障害でまともに働けず、妻は身を粉にして家計を支える。会話のない家の中、僕たちの心は静かに、しかし確実に離れていきました。
互いに疲れ果て、追い詰められていた僕たちは、家の外に癒しと安らぎを求めるようになってしまった。そして、その事実がお互いの知るところとなり、17年間続いた僕たちの関係は、修復不可能な段階に入ったのです。
話し合いの場は、地獄でした。
心が折れた日
僕の目の前に座る妻は、もう僕の知っている妻ではありませんでした。彼女の口から語られたのは、17年分の積年の恨みだったのです。
妻から突きつけられた言葉
「あなたは、モラハラでDV野郎だ」
僕には全く身に覚えのない言葉でした。互いの親を批判し、否定し合う、泥沼の言い争い。そして、最後に突きつけられた、決定的な一言。
「あなたとは、離婚をしてほしい」
その言葉を聞いた瞬間、僕の心は完全に折れました。抵抗する気力も、言い返す言葉も、もう何も残っていなかった。僕は、諦めの境地で、静かに頷くことしかできなかったのです。

空っぽの食卓と、猫だけが残った
家を出て行ったのは、妻と子供たちでした。
3人が出て行った日。昨日まで家族の笑い声が響いていたリビングは、恐ろしいほど静まり返っていました。食卓には、僕と猫たちの分しか食器が並ばない。
自分が母子家庭で苦労したから、自分の子供にだけは同じ思いをさせたくない。そう固く誓っていたはずなのに、結局、僕は同じ過ちを繰り返してしまった。
自分のことは棚に上げ、僕は全てを悔やみ、そして恨みました。
家族、家庭、社会的信用。そして、父親としての役割。2019年7月、僕はその全てを失ったのです。残されたのは、莫大な借金と、数匹の猫だけでした。
全てを失い、抜け殻になった僕を待っていたのは、さらなる絶望でした。コロナ禍で仕事も完全に失い、ついに僕は人生の最終手段「自己破産」へと追い詰められていく。次回、その物語をお話しします。
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第7章:43歳の教習所。抜け殻の僕が見つけた、学ぶ喜び
抜け殻になった僕 2019年7月、僕は全てを失いました。家族、家庭、そして父親としての自分。残されたのは、それなりの借金と数匹の猫だけでした。 離婚後の日々は、まるで抜け殻のようでした。何をする気力も ...
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